イタリア

レオナルドダヴィンチゆかりの地6選!フィレンツェ近郊を巡る旅

ルネサンスを代表する芸術家レオナルド・ダ・ヴィンチ。

彼はその人生において重要な時期をフィレンツェで過ごしますが、意外に作品はこの地に多くは残されてはいません。現存する作品数自体が少ないのもありますが…。

しかし、その軌跡はフィレンツェのあちらこちらでみることができ、どこも非常に興味深い場所ばかり。

今回の記事では特にフィレンツェ近郊に絞ってレオナルド・ダ・ヴィンチゆかりの地を紹介していきます。

ウフィツィ美術館所蔵の名画《受胎告知》と合わせてご案内しますのでお楽しみに!

レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci)とは?

レオナルドダヴィンチ《自画像 L'Autoritratto di Leonardo da Vinci》トリノ王立図書館レオナルドダヴィンチ《自画像 L’Autoritratto di Leonardo da Vinci》トリノ王立図書館
レオナルドダヴィンチ(Leonardo da Vinci)
出没年 1452年4月15日-1519年5月2日 67歳で死去
様式・流派 盛期ルネサンスから初期マニエリスム
出身 イタリア(フィレンツェ郊外のヴィンチ村)
代表作 《モナ・リザ》ルーブル美術館
《最後の晩餐》サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会
《ウィトルウィウス的人体図》ヴェネツィア アカデミア美術館

幼少期から学生時代

レオナルド・ダ・ヴィンチは、イタリアのヴィンチ村アンキアーノで1452年4月15日、公証人であったPiero da Vinciピエーロ・ダ・ヴィンチCaterina di Meo Lippiカテリーナ・ディ・メオ・リッピの間に婚外子として誕生。

Piero da Vinciピエーロ・ダ・ヴィンチは、フィレンツェの裕福な公証人(今でもイタリアではなんだかんだステイタスのある職業。notaio e farmacista)で富と名誉のある身分。

Caterinaカテリーナは貧しい出自でその人生の多くは不明です。

母親はレオナルドの出産後、相応の身分の人と結婚し5人の子供をもうけています。

一方父ピエロは1452年にすぐアルビエーラという名の女性と正式に結婚したものの妻は若くして亡くなったので再婚、また亡くなり再婚…を繰り返し4度も結婚しています。

その間に生まれた兄弟姉妹の数は少なくとも16人。ただレオナルドと一番年齢が近い弟で24歳の歳の差というあまりにも複雑な家庭環境。

こういった環境もレオナルドの人生に影響を与えます。

父ピエロは1462年にはヴィンチ村よりフィレンツェに居住して仕事を始め、レオナルドも1470年頃にフィレンツェへ引っ越します。

芸術キャリア

フィレンツェでは当時最も名のある工房の一つであったAndrea del Verrocchioアンドレア・デル・ヴェロッキオの元で修行を開始。

mari
mari
工房に入った時期については諸説ありますが1462年ではなくそれ以降というのが有力。

1472年に芸術家のギルド”サン・ルーカ”に登録、画家として独立をしますが、師匠ヴェロッキオとの共同制作は後述するようにしばらく続きます。

その後は1482年までフィレンツェで制作。1482年の春から夏にかけての間にミラノへ移動。

実はこの時期にはかなり政治が大きく動き始めていました。

1478年には教皇や他の都市国家の思惑が入り混じったパッツィ家の陰謀という事件が勃発。

1492年にはそれまで実質的に実権を握っていたLorenzo de’ Mediciロレンツォ・デ・メディチが亡くなりました。

アメリカ大陸がヨーロッパ人により発見され大航海時代の前触れがあり、1494年にはロレンツォの息子で後継者のPiero de’ Mediciピエロ・デ・メディチが失脚。

1537年のCosimo de’ Mediciコジモ・デ・メディチの統治が始まるまでは何回も政変が繰り返されます。

そんな激動の時代をレオナルドは成熟期、老齢期と過ごす事になりました。

レオナルド・ダ・ヴィンチ《最後の晩餐》サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院レオナルド・ダ・ヴィンチ《最後の晩餐》サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院

ミラノではあの《最後の晩餐》《白貂を抱く貴婦人》《岩窟の聖母マリア》の一作目などを制作。

舞台演出やスフォルツェスコ城の装飾(アッセの間)の他にも現存しない大掛かりな彫刻作品《フランチェスコ・スフォルツァの騎馬像》の原型も制作しています。

ミラノも政情は安定せず1499年フランスに占領され、レオナルドはマントヴァ、ヴェネツィア、ローマを転々とし1501年にフィレンツェへ戻ります。

ここでは当時大きな話題となった《聖アンナ》の下書きをサンティッシマ・アンヌンツィアータ教会にて描いています。

mari
mari
残念ながら現存しないため観ることはできません。

1502年には教皇アレッサンドロ六世の息子であるCesare Borgiaチェーザレ・ボルジャ(聖職者は公式には妻子を持てないので、チェーザレも非嫡出子)に建築家、軍事エンジニアとして仕えます。

1503年に再びフィレンツェへ、ヴェッキオ宮殿の壁画《アンギアーリの戦い》、そして《モナ・リザ》の制作を開始。

レオナルド・ダ・ヴィンチ《デル・ジョコンドの肖像 Portrait de Lisa Gherardini, épouse de Francesco del Giocondo》ルーブル美術館レオナルド・ダ・ヴィンチ《デル・ジョコンドの肖像 Portrait de Lisa Gherardini, épouse de Francesco del Giocondo》ルーブル美術館

フランスへ

1508年からフランス支配下のミラノへ、1517年にはフランス国王フランソワ1世に招かれ、フランスに渡ります。

国王の居城であったアンボワーズ城近くのクロ・リュセ城が与えられ、そこで最後の3年間を過ごし1519年5月2日、67歳でこの世を去りました。

その翌年1520年にはRaffaelloラファエロも37歳の若さで亡くなっています。

それに対してミケランジェロは1564年88歳までご健在。

ルネサンスの巨人と呼ばれる人たちも、制作時期とそれぞれの時期の情勢などを合わせて見ていくと、また異なった面白さが見えてくるはずです。

レオナルド・ダ・ヴィンチゆかりの地ベストシーズン

イタリアのベストシーズンは1年中と言っても過言ではありません。

どの季節も素晴らしいのですが、郊外もめぐるのであれば気候の良い春から秋にかけてがおすすめです。

4月~10月までは営業時間が延びる施設が多く、多くのスポットを観光することができますよ!

イタリアベストシーズンは春(4月・5月)避けるべき時期・年間天気・イベント徹底解説この記事ではイタリアの「観光に向いている季節」と「旅費が安い季節」の2つの観点からベストシーズンをご紹介します。季節ごとの気温やイベントなどもあわせてご紹介しているので、これから旅行の計画を立てる方はぜひ、参考にしてみてくださいね!...

逆に1月〜3月初旬はオフシーズンになるので、美術館での人混みが少なくゆっくりと鑑賞する事ができます。

美術館だけがお目当てであれば、あえて、オフシーズンでリーズナブルな冬の期間も良いと思います。

冬の気温は関東と同じくらいで湿度は高め。石壁や石畳は底冷えがするので防寒対策もお忘れなく!

レオナルド・ダ・ヴィンチゆかりの場所6選

①バルジェッロ美術館(Museo Nazionale del Bargello)

バルジェッロ美術館バルジェッロ美術館外観

まず最初に紹介するのはあまり日本人旅行者が訪れることのないバルジェッロ美術館。

実はここにレオナルド・ダ・ヴィンチの若かりし頃を窺い知れる作品があります。

それがこの作品!

ヴェロッキオ ダヴィデアンドレア・デル・ヴェッロッキオ《ダヴィデ》バルジェッロ美術館

《ダヴィデ》は師匠のAndrea del Verrocchioアンドレア・デル・ヴェッロッキオによるものですが、モデルがなんと弟子時代のレオナルド・ダ・ヴィンチ!

かなり歳を取ってからの鬚面自画像が有名なので、イメージがおじいさんになりがちですが、実は当時としてはかなり長身のすらりとした美青年だったそうです。

他にもミケランジェロ、ドナテッロなどの名作がずらりと展示されているので、彫刻が好きな人にはかなりおすすめの美術館。

バルジェッロ美術館についてさらに詳しい情報が知りたい人はわたしがおすすめするイタリアガイドちづさんのブログ『クーポラと雲」で「バルジェッロ美術館 Museo Nazionale del Bargello」の様子を紹介しています。

バルジェッロ美術館
住所 Via del Proconsolo 4, Firenze 地図
時間 8:45-13:30(月-金)8:45-18:30(土)
8:45-13:30(日)
定休 第1,3火曜日 12月25日 1月1日
料金 10ユーロ
17歳以下無料
フィレンツェカードOK
HP http://www.bargellomusei.beniculturali.it/

※イレギュラーな時間変更が多いので最新情報は公式サイトでご確認ください。

②ウフィツィ美術館(Gallerie degli Uffizi)

ウフィツィ美術館ウフィツィ美術館

こちらは世界各地から大勢の人がやってくる、名画名作の宝庫ウフィツィ美術館。

ここにはレオナルド・ダ・ヴィンチの間があり、以下の3作品が展示されています。

受胎告知

ダヴィンチ 受胎告知レオナルド・ダ・ヴィンチ『受胎告知』Photo by Alonso de Mendoza./CC BY-SA 4.0

空気遠近法、色彩遠近法、スフマート、黄金比率、神学、騙し絵、数学…と様々なテクニックを駆使して描かれた《受胎告知》

レオナルド・ダ・ヴィンチが師匠ヴェロッキオの工房から独立して一人で完成させたと考えられています。

未だに「実はポッライオーロの作品では?!」などと新説が出たり世界中の人の興味を引いてやまない作品です。

この作品はもちろん最初からウフィツィ美術館に置かれていたのではありません。

元々はChiesa di S.Bartolomeo a Monte Olivetoサン・バルトロメオ・ア・モンテ・オリヴェート教会 にありました。

サン・バルトロメオ・ア・モンテ・オリヴェート教会

フィレンツェ中心部から南西の丘の上にあるこの教会。

大抵は閉まっていますが管理の人がいる場合、頼むと中に入れて案内してくれます。

内部の右奥にある部屋が、《受胎告知》のあった場所です。その場所には同じ大きさでコピー作品が壁に飾られています。

実際にあった場所で、ダ・ヴィンチ自身が想定した位置から作品を鑑賞することで、天才画家の意図がより自然に鮮明に感じられること間違いなし!

mari
mari
《受胎告知》は正面ではなく、右斜め前より鑑賞するのがベスト!!

ルネサンス様式の教会内部には美しいソドマによる壁画やサンティ・ディ・ティートなどの祭壇画などもあります。

機会があればおすすめしたい場所です。が、確実に内部を見学したい場合はアポイントを取った方が望ましいでしょう!

サン・バルトロメオ・ア・モンテ・オリヴェート教会
住所 Via Monte Oliveto, 50143 Firenze 地図
時間 不定期

キリストの洗礼

キリストの洗礼アンドレア・デル・ヴェッロッキオとその工房『キリストの洗礼』 Photo by Livioandronico2013 / CC BY 4.0

《キリストの洗礼》は、《受胎告知》よりも後に制作されています。

既に独立して自分の工房を持っていても、元の工房に戻って制作を手伝い給料をもらうなんていうこともあったのですね。

独立したばかりでは沢山の注文がいきなり入ってくる訳ではないという、現代の起業家の奮闘を思い起こさせます。

そのため《キリストの洗礼》はヴェロッキオの工房による作品で、レオナルド・ダ・ヴィンチ以外にも複数の人の筆が入っています。

諸説あるものの、描かれたそのスタイルと最新の科学的な分析により、誰がどこを描いたのかが推測されています。

ダ・ヴィンチはより繊細で奥行きのある表現が可能な油絵を好んだため、他の部分がテンペラ画なのと区別されます。

その部分とは・・・

  • 一番左の天使
  • 中央のキリストの仕上げの陰影
  • 水の表現

です!

画像ではあまり違いが分かりませんが、実物を目の当たりにすると、油絵の手法で描かれている部分の繊細さは際立って軽やかに、優雅に感じられることでしょう。

東方三博士の礼拝

ダヴィンチ 東方三博士の礼拝レオナルド・ダ・ヴィンチ《東方三博士の礼拝》

《東方三博士の礼拝》は契約で2年間の制作期間を与えられたものの、あと少しで完成!(1年半)というところでミラノへ旅立ってしまったので未完のままに終わった大作です。

旅立つ前に、また戻って完成させる約束だったのですが、果たされないまま今に至ります。

完成されなかったというのは残念ですが、どういう過程で絵を描いていったのかが現代のわたしたちにも観察できる貴重な資料にもなっています。

ウフィツィ美術館にはいくつか現存する下絵も残されており(保存のため非公開)緻密な計算や画面構成へのこだわりが伺えます。

絵の解釈にはキリスト教の知識が必須なものの、それを抜きにしても未完成でこれだけ感動を生む作品はさすがの一言。

絵の右上あたりに”象さん”がこっそりいるのがみえますか?これが発見できるようになったのは、近年行われた大規模な修復のおかげです。

ウフィツィ美術館
住所 Piazzale degli Uffizi, Firenze 地図
時間 8:15-18:50 (入館は17:30まで)
定休 月曜日、1月1日、12月25日
料金 夏季 20ユーロ 冬季 12ユーロ(+予約料4ユーロ)
17歳以下無料
フィレンツェカードOK
HP https://www.uffizi.it

※最新情報は公式サイトでご確認ください。

③パラッツォ・ゴンディ(Palazzo Gondi)

パラッツォ・ゴンディ

パラッツォ・ゴンディは街の中心部にあります。

写真左側の壁はヴェッキオ宮殿の北側、右奥にはバディア・フィオレンティーナ(ダン・ブラウンの「インフェルノ」ではここから登場人物が滑落します!)。

一番右はバルジェッロ美術館という位置関係。

ここに何があるのか…。南側(写真左)の扉から中を除くと、何やらLEONARDO DA VINCI 云々文字が壁に書かれています。

パラッツォゴンディ

実は、ここはレオナルド・ダ・ヴィンチが公証人だった父親のPiero da Vinciピエーロ・ダ・ヴィンチと住んでいた場所!

でも場所ですよ、場所。

パラッツォ・ゴンディは1800年代に増築されており、その折りに解体された家をピエーロ・ダ・ヴィンチは所有していました。残念ながら家自体は現存していません。

ここで、かの名画、モナ・リザを描き始めたと言われています。

パラッツォ・ゴンディ
住所 Via dei Gondi, 2, Firenze 地図
時間 内部は非公開

④モナ・リザの生家とお墓 (Monna Lisa)

Monna Lisaモナ・リザの意味はリサ夫人。イタリアではLa Giocondaラ・ジョコンダの名前で親しまれています。

意味はFrancesco del Giocondoフランチェスコ・デル・ジョコンドの奥さんなので、Giocondoが女性名詞になって語尾がaになり、Gioconda(ジョコンダ)という読み方になります。

レオナルドよりも少し前の世代のルネサンス芸術家、Piero della Francescaピエロ・デッラ・フランチェスカの場合も、ピエロの母親がフランチェスキ(男性複数形)の妻だったので、フランチェスカ(女性単数形)と呼ばれ、その息子なので”フランチェスカのピエロ”という名前で呼ばれています。

では、リザの本名は?!

答えはLisa Gherardiniリザ・ゲラルディーニです。

そのゲラルディーニ家のあったところ、リザの実家にあたるのが、こちら。

モナリザの生家(La casa natale della Gioconda)

モナリザの生家(La casa natale della Gioconda)モナリザの生家(La casa natale della Gioconda)

とても狭い通りですが、現在それを示す名画モナ・リザを模したレリーフ作品が壁に設置されています。

家自体は現存してはいませんし、こことは別の場所であるという説もあります。

場所はVia Maggioと交差するあたりのVia Sguazza。

奥には建物全面の装飾が美しい、ちょっと曰く付きのPalazzo di Bianca Cappelloビアンカ・カッペッロのパラッツォが見えています。これはまた別の機会にご紹介します。

職人の工房があちらこちらにあるエリアなので、きょろきょろしながら探し回るのも楽しいですよ!

モナリザの生家
住所 Via MaggoとVia Sguazzaの交差点あたり
時間 非公開

モナリザのお墓/サントルソラ修道院(Ex Monastero di S’Orsola

リザ・ゲラルディーニは夫フランチェスコとの間に5人の子をもうけます。

そして、夫が1538年にペストで亡くなった後、修道女としてサントルソラ修道院にいた娘の元に身を寄せ、1542年63歳で亡くなりました。

そして、お墓はサントルソラ修道院内であろうと考えられています。

モナリザの墓

ちなみに、サントルソラ修道院は現在写真のような廃墟に・・・。

サントルソラ修道院

アーチに支柱がつけられたりしているのは、一時期再開発をしようと修道院の改装をしていたのですが、途中で頓挫したので現在もこのような姿です。

モナリザが生きた時代は、フィレンツェにおいて名の知れた修道院でした。

不定期にイベントが開かれたりするので、モナリザの墓を見たい人は事前にチェック必須!

日本語で情報が出てくる可能性もなくはないのですが、Google翻訳などでイタリア語検索した方が情報が見つかるかも。

外観だけならいつでも見学可能。廃墟マニアにもおすすめ!?

モナリザのお墓(モントルソラ修道院)
住所 Via Taddea 14, Firenze 地図
時間 不定期

④ヴェッキオ宮殿(Palazzo Vecchio)

ヴェッキオ宮殿シニョリーア広場から望むヴェッキオ宮殿

ヴェッキオ宮殿にレオナルド・ダ・ヴィンチ作品があります。(多分…!)

場所は美術館として公開されているゾーンの中でも一番広い五百人広間。

五百人広間ヴェッキオ宮殿内、五百人広間

東側(この写真だと右側)の壁の中に、まだレオナルド・ダ・ヴィンチの作品があるはずと言われています。

「あるはず」というのには理由があります。

ダ・ヴィンチはエンカウストという特殊な技法を試したものの、残念ながら失敗に終わりました。

そのまま約10年ほど放置されてしまった彼の作品は、その後コジモ1世統治の時代に美しく改装をする際に改めて他の壁と天井とテーマを合わせた壁画を制作することになったのです。

その全体指揮と実際の制作の一部も担ったジョルジョ・ヴァザーリという人が、当時から高名であったレオナルドの作品を保存する為に、わざわざ壁画を保存する為にその手前にもう一枚壁をこしらえ、そこに新たな壁画を描いたのでした。

その為なのかどうなのか、ジョルジョ・ヴァザーリと助手の手によるその壁画の中には今でもミステリアスなメッセージを見つける事ができます。

CERCA TROVAチェルカ トローヴァ』探せ・見つけよ

チェルカ トローヴァ『CERCA TROVA』探せ・見つけよ

写真真ん中あたりの緑色の旗に斜めに書いてある文字がなんとなく見えるでしょうか。

さて、これは戦いのシーンを描いた敵を挑発する言葉なのか、はたまた壁の中に今でもあるレオナルド・ダ・ヴィンチの作品を指しているのか。

大きなスケールの壁画を前に思いを巡らせてください!

mari
mari
オペラグラスか望遠レンズ持参推奨。肉眼だと視力1.5の筆者でもぼんやり存在が確認できる程度です。
ヴェッキオ宮殿
住所 Piazza della Signoria, Firenze 地図
時間 木曜日 9:00-14:00 木曜日以外 9:00-19:00
料金 25歳以上 12,50ユーロ
18歳〜25歳 10ユーロ
17歳以下無料
フィレンツェカードOK
HP https://museicivicifiorentini.comune.fi.it/en/palazzovecchio/

※市役所としても使われている為セレモニー等で閉館になる場合があります。詳しくは公式サイトでご確認ください。

⑤モンテ・チェーチェリ(Monte Ceceri)

モンテ・チェーチェリモンテ・チェーチェリから望む風景

フィレンツェからバスや車で20分ほどの所にあるMonte Ceceriチェーチェリ山

ここモンテ・チェーチェリでレオナルド・ダ・ヴィンチは飛行実験をしたという伝説があります。

チェーチェリ山 山頂にある説明書きチェーチェリ山 山頂のレオナルド広場にある説明書き

チェーチェリ山は現在ハイキングコースも整備され、木の生い茂る気持ちのよい場所になっています。

しかしもともとは、Pietra serenaセレーナ石と呼ばれる青みがかった灰色の砂岩の採石場でした。今でも採石場跡が山のあちこちに見られます。

フィレンツェの街を歩けばあちらこちらに、歴史的な建物に入れば階段や欄干や柱などに使われているこの石。まさにフィレンツェを彩る素材です。

モンテ・チェーチェリ
場所 Comune di Fiesole, Monte Ceceri 地図
最寄り atafバス 7番終点Piazza Minoより徒歩
atafバス SF終点Cave di Maianoより徒歩
料金 無料
HP https://www.cittametropolitana.fi.it/aree-protette-e-sentieri-turistici/montececeri/

⑥ヴィンチ村(Vinci)

ヴィンチヴィンチ村

レオナルド・ダ・ヴィンチ、da Vinciダ・ヴィンチの呼ばれ方のとおり「da〜 = 〜より」ヴィンチ村出身。

小さな田舎のヴィンチ村には、ミュージアム(発明品の模型など見ていて面白いですよ!)や、生家、洗礼を受けた小さな教会、などがあります。

トスカーナの田舎風景も合わせて楽しめるので、絶対におすすめの場所!

時間が許せば近くにあるメディチ家の別荘Villa medicea Cerreto Guidiチェッレート グイーディに寄るのも良いでしょう。

このメディチ家別荘も美術館として公開されているので中に入って見学できます。

鳥の飛ぶ軌跡や水の流れなど、自然を観察し研究し、それを元に数々の名画や発明を生み出したレオナルド・ダ・ヴィンチを偲ばせる、美しい田舎の風景に身を置いてみてください!

ヴィンチ村
場所 Comune di Vinci 地図
フィレンツェからの行き方 電車TrenitaliaでEmpoli駅まで(約30分)行きVinciまでバス(約30分)
フィレンツェからタクシーやハイヤーで1時間弱
HP https://www.comune.vinci.fi.it

レオナルド・ダ・ヴィンチゆかりの地まとめ

「飽くなき探究心」と「尽きることのない独創性」を兼ね備え、「万能の天才」と呼ばれたレオナルドダビンチ。

彼の才能は芸術面だけにとどまらず、機械工学の構想や世界初の詳細な人体解剖図の作成、動脈硬化の発見など、幅広い分野で活躍しました。

鏡文字で書かれた手稿を残し、ミステリアスな部分も多く伝わっており、現在に至るまで人々を魅了し続けています。

ぜひ作品鑑賞とセットでダ・ヴィンチゆかりの地を巡ってみてください!

\お知らせとお願い/

もし記事が役に立った・活動を応援してもいいよ
という方がいらっしゃればサポートいただけると本当に嬉しいです。

みなさんのサポートにより
活動が継続できます。

>> Amazon欲しいものリストでサポートする
イタリアを楽しむならベルトラを使わなきゃ損!

イタリアで観光地を満喫するなら
ベルトラで現地ツアーを手配しよう!

バチカン美術館や市内観光が大人気

安心の日本語ツアーで
イタリアを隅々まで堪能できます♪

個人旅行も日本語ガイドで安心

ベルトラ公式サイトを
チェックしてみる

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA